記事製作者:稲澤敏行

相国事庫裏

相国事庫裏

鎌倉時代に栄西が唐の臨済を祖とする禅宗の一派を日本に伝えたのが臨済宗の始まりで、室町幕府三代将軍足利義満(1358~1394)が南北朝内乱を統一し幕府の全盛を築き、京都に臨済宗の五大寺(天龍寺・相国事・建仁寺・東福寺・万福寺)を設立南禅寺を五山の上とした。

相国寺は足利義満が創立 開山住職は夢窓礎石五山文化の中心地であり金閣寺(鹿苑寺)銀閣寺(慈照院)は相国寺に所属する別坊、五山文学では周文や雪舟が出身で伊藤若冲のゆかりの地、千利休も関係が深い。近年では水上勉が徒弟。

足利義満が相国寺鹿苑院内に設けられた一院である蔭涼軒に住する僧侶(蔭涼軒主)の記録した公用日記が蔭涼軒日録 日記の筆者は永享七年(1435)~文政元年(1466)まで季瓊真蘂の筆録による 文明十六年(1484)~明応二年(1493)までが亀泉集証によって筆録された断簡が収められている。

蔭涼軒日録の文明十七年

蔭涼軒日録の文明十七年(1485)五月十七日 中国書籍「居家必要事類」文中のお酒・麵食部(水滑麵・索麵・経帯麺・托掌麵・紅絲麵・翠縷麵等)を調べその3年後長享二年二月一日・五月十五日に経帯麺を来客にご馳走している。

「居家必要事類」とは中国宋の時代の生活を集大成し元時代の初めに出版されたもので日本でも江戸時代寛文十三年(1673)京都松柏堂刻本「居家必用事類」(駒込 東洋文庫蔵)されている。

蔭涼軒日録の長享二年

経帯麺

京都松柏堂刻本「居家必用事類」

経帯麵の作り方(レシピ)

原料
1. 最上小麦粉2斤(1193.64g)、碱(炭酸ソーダ)1両(37.3g)、塩2両(72.6g)

最上小麦粉2斤

2. 碱・塩を細かく砕き新しい水で溶かし、小麦粉に加える

碱・塩を細かく砕き新しい水で溶かし小麦粉に加える

碱・塩を細かく砕き新しい水で溶かし小麦粉に加える

3. 生地をこね棒で百余回こねる(弾力のある生地なので伸びにくい)

生地をこね棒で百余回こねる

4. こね棒 めんこね棒の両端が少し細くなり握って体重を掛けこねやすい(中国広州市で購入)

こね棒

5. 二時間寝かす

二時間寝かす

6. また百余回こね棒でのし(弾力性のある生地を柔らかくする)極薄くのばす

また百余回こね棒でのし極薄くのばす

7. 経帯(巻物の帯)の幅に切る

経帯(巻物の帯)の幅に切る

8. 茹でて水でさらし、洗い水を切る

茹でて水でさらし洗い水を切る

9. 汁はお好みで用意し完成

汁はお好みで

今回「経帯麵」に使用した碱(炭酸ソーダ)について

今回「経帯麵」に使用した碱(アルカリ)について

中国東北部内陸性気候の温度差の激しい乾燥地雨量よりも地下水の蒸発散量が多くアルカリ土壌となり、夏季地層の溶解度の高い炭酸ソーダが析出し砂漠が白色化する白色の土を水で良く洗い、土とアルカリ溶液と分離させ溶液を加熱沸騰しそれを水の中に入れ砂漠の灼熱で乾燥すると写真の様な白い柔らかい結晶(炭酸ソーダ)となる。

現在はこの「碱(炭酸ソーダ)」は非常に珍しく中国市場には出回っていません。内モンゴル自治区通了市の珠拉さんの祖母が古式の製法で精製して下さいました。産出は地通了市から北200kmの北魯特旗鎮です。

私の知るところでは中国にはもう一種の天然「碱」があります。蘭州拉麵、敦煌で有名な驢肉黄麵 (リューローホアン麵)に使われています。蓬灰、蓬灰草、高冷山岳砂漠地で生育する植物で日本の蓬とは異なる蓬灰草の灰汁を使い麵を作ります。主成分は炭酸カルシュウム、麵の色はオレンジ系黄色、炭酸ソーダはレモン系黄色になります。

「居家必用事類」は料理の内容からみて中国東北部系著者とみて北魯特旗鎮の碱を使用しました。

経帯麺は碱(炭酸ソーダ)を使用していますのでラーメンです。